コラム 〜"真の美しさ"への近道〜
【易学を通じて vol.2 終末期に関して】 2007.6.21 |
Aさんはオープン当時から来ていただいたクライアントで、1929年生まれのこのサロンの最高齢者でもあります。いつものようにセラピーをうけたAさんが帰り際に、落ち着いた声で私に言いました。自分の死ぬ日を知りたいと・・・。 夫を見送った記憶の中で、死は壮絶な戦いで、死ぬに死ねない苦しみに共に付き合っていた終末期は恐怖として刻まれていると。せめて自分に残されている時間を知って、準備したいという願いからでした。 その準備とは、残された家族のための用意と、現実的な手続き、その手続きの中には、ご自身の尊厳を守る為の延命装置を拒否することも含まれていました。 人生80年の時代で、老いと病と死がゆっくりやってくる時代になりました。人生50年の時代は、気がついてみると死が足下にやってきて生きることと死ぬことが、同じ比重で人の人生を彩っていたかもしれません。人生が80年、90年になって行くと、ゆっくり近づいてくる老いと病と死が緊急の課題になってくるような気もします。 人の死に関することは易学の中でも、もっとも注意を払わなければならない部分で、人間として触れられない、神々の領域である禁断の話とも言えます。 私の易学を用いてのワークの中で、あなたにたった1週間の残された時間があるとすれば、その与えられた時間をどう過ごしたいかと聞くと、ほとんどの人が同じような答えをします。そのかけがえのない時間は、特別なことをするのではなく、愛する家族、大切な人と平凡な日常をごく当たり前に過ごしたいと。そして、最後には、彼ら、彼女らに、ありがとうと言いたいとのことでした。 易であれ、哲学であれ、宗教であれ示す共通の変わらない真理があるとしたら、人の肉体をもった以上、どんな時でも実存する今という この平凡な時のみ人は生きるということです。人の寿命が50年から90年にまで延びたことは、生老病死に関する学習時間の延長で、ライフレッスンの補講が必要になってきたのではないでしょうか? 老いを受け入れながら、循環を知り、病を通して助け合うことの真の意味を理解し、死をもって遅くとも、『色即是空』を我が身をもって知ることになるでしょう。 誰にも例外なく訪れる終末期というラストステージが与えられた時、私は、人生を完全燃焼した私自身へ、ありがとうの言葉が送れたらいいなと思います。
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